お家の顔

開運表札の概要

再三説明しますが、表札とは家の顔であり、玄関に掲げるシンボル、言わば「核」となるモノです。全ての事象はこの核があってこそ回転運動を生じ、流れを生むことができます。流れこそが調整の基本ですから、表札を持たない、表札がないという現象は気の流れを淀ませることになります。 かといって、核であれば何でもよいという訳ではないのです。天地自然の法則を見極め天地を尊びつつも核たるに相応しいものを象徴する必要があります。家屋の顔が玄関に合っており、顔の中の眼に相当するのが表札。つまり、家の眼目とも言えるのです。表札とは名前の表示となりますから、まずは姓名の歴史について下記にご紹介いたします。

姓名の歴史

表札には当然「名前」を記しますが、姓・苗字とは一体いつから、またどのようにして始まったのかご存知でしょうか。 結論から言えば名前の始まりは、最初に中国、次いで朝鮮、最後に日本という流れとなっています。当初は「氏(うじ)」というもので、現代において鈴木さんのことを「鈴木氏」などと表現するのはこの「氏」のなごりから来ているとされています。 初期の歴史においては大伴・蘇我・物部・泰などがあるそうです。後に、氏を構成する家単位で職掌や家格などを表す「姓(かばね)」が現れ、氏の中での秩序を表現する名前として一般的に使われるようになったという歴史的背景があります。このことから平安中期頃、土地に家の名前を付け、所有地を「名田(みょうでん)」と称するようになります。現代の苗字に「田」の字が多いのはここに由来しているようです。さらに時代が進み、逆に土地の名前を家名とする集団も現れ、「名字(みょうじ)」というものが発生しました。つまり「氏」のカテゴリーが更に細まく分けられ、「名字」が 利用されることになったということになります。その後、名字を「苗字」と表現するようになったのですが苗字を使用できるのはあくまでもごく一部の人(武士と公家階級)だけに許されていました。

その後の歴史

上記にあるように、実際の苗字の歴史は多くの変遷を経ているのがお分かりかと思います。具体的に苗字が浸透するのは、「平民苗字許可令」以降ということになるようです。この当時、村の長老や庄屋などに相談に赴き、住まいの場所や職業などが名前のルーツになっていた場合もあったようです。 このように、名前を記す板である表札とその歴史は、苗字の歴史との係わりを否定することはできません。しかし表札の歴史を追究する場合は、 苗字というよりもむしろ表札という形態に主眼を置いて、看板の歴史を追求しなければならないでしょう。

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2017/12/7 更新